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電脳汁の歴史
気がついてみれば電脳汁も三年目。

そして「モノゴトについて思うところ」100回目記念にいろいろ考えてみたいと思います。何時何処で私は道を踏み外したのかを。

それを確認するためにも電脳汁の歴史、というか電脳汁結成までの歴史を振り返ってみようと思う。

基本的に私、シャウの主観で書いていきます。


シャウ 12歳の時

東京にある中高一貫の某私立に入学。思えばここで既に間違っていたのかもしれない。
というか、これが駄目人間ロードの入り口だった。
中学一年の頃、バゲ、アキヒロと同じクラス。
アキヒロとは別にあまり仲良くなかったが、バゲとはとある文化系の部活で一緒だった。
しかし、その文化系の部活はアホみたいに時間を拘束された。だらだらしてるだけの癖に勝手に帰れないし、勝手に帰ったら筋トレさせられるし。
一学期の間は我慢していたが、二学期になると嫌気がさした。
バゲも同じように辟易してたらしかったので、私はバゲと一緒に退部宣言をした。
その後、私は剣道部に入部。バゲは適当な運動部を探して見学しまくる。
二学期の間、彼が求める適当にだらだらした部活は見つからず、三学期にやっと軟式テニスという部を見つけて入部。
ちなみにその軟式テニスという部活にはzenziがいた。そんで剣道場の隣にある柔道場には銀灰がいた。知らなかったけど。

そして二学期から三学期の終わりにかけて、バゲの奴は私にACを勧めてきた。
「お前もやれよー」とかいつもいわれていた。対戦相手が欲しかったらしい。
ロボゲーはやってみたいと思っていたが、なんかメンドくさかったので適当に「まぁ気が向いたらね」みたいな返事をしていた。

そして三学期の最後の方。
いつまでの五月蝿かったので「じゃあ来年同じクラスだったらするよ」といってしまった。
あー、考えてみればここは分岐点だったのかもしれない。
もしこの時私がこんなことを言ってなかったら、私は多分真人間になっていたろうに…

一年の最後の日。
来年のクラス分けの紙が配られる。
眼を通す。
バゲと同じクラス。
バゲを見る。
なんか手を振ってる。

アキヒロは確か野球部にでも入ってた。


シャウ 十三歳

春休みの間に初代ACを購入。すぐにクリア(強化人間で)。
そのままMOAを購入。なかなか苦戦。
じきに学校が始まって二年生。
バゲのクラス委員の歴史が始まる。
その二年のクラスには私、バゲ、zenzi、銀灰、やんせんとアキヒロ以外のメンバーが全員集合していた。かなり混沌としていた。

バゲはクラス委員になっていた。

そして記念すべき第一回の対戦会。といっても参加者は私とバゲだけ。
開催された場所はバゲ邸。ゲームはMOA
今思い出してみると、非常に恥ずかしい機体で戦っていたと思う。
強化人間基準違反の軽量二脚でカラサワ、グレネード、チェインガンを装備。
バゲの機体も似たようなもん。
本当に厨二機体というに相応しい、中二の頃の対戦会でした。

そして私がMOAをクリアして、次にAC3を購入。AC3は私が中一の頃に既に発売していた。
バゲもほぼ同時にAC3を購入。というか、「一緒に対戦しようぜ」と言って同時に買った記憶がある。奴はPS2も買った、AC3をするためだけに。

しばらくして、zenziがAC3を始める。バゲと同じ部活だったせいだろう。バゲが、熱烈に薦めた、と言っていたな。

そんで対戦会。Iリンクケーブルを使って三人対戦。
結構頻繁にしていた。
この頃の対戦会も酷かった。
みんな1000マシ+骨+強化OP。さすが中二、いやもとい厨二。

ある日、バゲ邸で対戦会が行われたとき、zenziがケーブルを忘れてくる。
三人対戦が出来ないので二人が対戦、残り一人が私が持っていったPS2に入っていたメタルギアソリッド2をやるという状態。
そこでバゲがメタギに目覚めた。
結構進んだプラント編のセーブがあったので、みんなそのデータをプレイ。
バゲは、無限ウィッグを装備してグレネードを乱射。
「グレネードおじさんだよ〜」とかいいながら乱射。
キモかった。

そういやもう一人、今の電脳汁の奴ではないが、一緒に対戦会をしていた奴がいた。
しかし、書くと面倒なので省略。
っていうか1000マシ骨機体が三体から四体に増えただけ。
その上すぐにやめたし。

その後、AC3SLの発売。
この頃から強化人間厨機体は使わなくなる。
だけど800マシはガンガン使った。

銀灰とやんせんは殆どノータッチ。つーか、今だから言えるが、当時の私はこの二人があんまり好きではなかった。
かなり生真面目な気があった昔の私は、明らかに不真面目な二人は受け入れがたかった。
銀灰は授業中すっげぇ五月蝿いし、やんせんは赤点を十科目以上とってたし。

そんで中二の最後の頃。
銀灰が対戦会に参加。
なるべく平然とした声で、「誰が呼んだの?」とバゲに聞く。
「俺だよ。いけなかった?」と答えるバゲ。
「いや、別に。」となるべく普通にいう私。
しかし本当は結構イラッときていた。

アキヒロは、確かこのくらいの時期に野球部をやめて軟式テニスに入った。ACを薦められるフラグ。


シャウ 十四歳

中三の頃
クラスはバゲ&やんせん、私&アキヒロ&zennzi、銀灰(一人)という風に分かれていた。

バゲはクラス委員になっていた。

しばらく対戦会をしていると銀灰にも慣れてくる。というか私自身が不真面目になっていった。
あー、多分これも駄目だったんだ。
銀灰の奴に慣れないで「はっ?何アイツ。キモイ」と思っていれば、私はパンピーになれていただろうに。
あの馬鹿なテンションが楽しくなってきたのがいけなかったんだ。
ちなみに、やんせんとも仲良くなっていた。

しばらく対戦会をして腕を磨く。
そしてサマーキャラバン(ACの大会)に参加。
シャウ:一回戦負け
銀灰:一回戦負け
バゲ:二回戦負け
結果は散々だったが楽しかった。

そしてサマキャラに感動したアキヒロがACを始める。

この頃、アキヒロが憲法読本のカバーをエロ小説に被せて授業中読んでた。

NEXUS発売。
ブースト発熱の不愉快さにメンバー全員がイライラ。

私はネクサスは一通りくらいやって、AAをしていた。


シャウ 十五歳

高校一年生。
クラス分けは覚えてない。まぁいいや。

バゲはクラス委員になっていた。

対戦会は適当にやっていた。ネクサスの凶アセンも研究していた。

そして夏にネクサスの大会に参加。
圧倒的な凶機体を使い、
バゲ:優勝
シャウ:準優勝
銀灰:二回戦負け
という結果。私と銀灰は情けないなぁー、あれだけ強い機体作ったのに。
zenziとアキヒロは不参加。なんでかは忘れたけど。

そして私の倦怠期。
対戦会に行ってもだらだらしたり、寝てたりしてた。殆ど対戦はしてなかった。
まぁ、私以外の奴らも大会終わってぐだぐだになっていたんだけど、AC2のシリーズに戻って対戦をしたり、バゲの天誅3の対戦モードで遊んでいた。
しかし私は寝ていた。2シリーズは余り得意ではなかったのです。天誅はやる気が起きなかったのです。


シャウ 十六歳

高校二年生
クラス分けなんて覚えてない。
バゲと同じだったことは覚えてる。他にも居たような居なかったような。

バゲはクラス委員になっていた。

しばらくして、対戦会にいってだらだらしてるだけっていうのにも飽きてくる。
それで「あー、俺もやるかぁ」といったら、「おっ、久々だな」とかいわれた。
ソフトはAA。対戦相手はzennzi。
もう、酷い戦いだった。
二回もE切れしたし、リミットカットもしたし、結局負けるし。

だけど久しぶりで楽しかった。その日はその一回しかしなかったけど。

しばらくして、再びSLをみんなでするようになる。四人対戦。
それ以降は対戦会は基本的にSL。

この頃、この「電脳汁垂れ流し」の前々々身である「M.M.O.」というサイトが開設される。確か、マイノリティ何とかオーガニゼーションの頭文字だった気がする。
しかし「M.M.O.」だと、検索した時「MMOオンラインゲーム」が沢山ヒットしまうので、名前を変更することに。

次のサイト名は「DrakBahamut義光」。ダークバハムート義光と読む。「電脳汁垂れ流し」の前々身である。
なんでこんな名前かというと、zenziが「検索したら一発で一番上にくる名前ってなんかない?」とバゲに聞いたところ「ん?ダークバハムート義光」と即答からだ。
よくそんな名前を即答するな、と私は関心しました。
「M.M.O.」では全体的に暗い感じのサイトだったが、雰囲気を一新してバックを白に明るい感じだった。
しかしコンテンツは少なく滅多に更新されないため、暫くしてメンバーの誰だも更新が出来るブログタイプのサイトに変更。

こうして、ついに「電脳汁垂れ流し」の前身である「Sewer Cruise -電脳汁垂れ流し-」が誕生。
数日後、「名前が呼びづらい」という理由で「電脳汁垂れ流し」に名前を変更。
初期メンバーはzenzi、バゲ、私の三人。

気がつけば、AC殆どやってない。

その後、銀灰が電脳汁に参加。時々絵を載せる。
しかし、奴がオーキド博士を書いたときは驚いた。耳生えてたし。
今でも見るたびに「なんで耳生えてんの?」って思う。

しばらくして銀灰は絵を書かなくなる。それから今に至るまで一枚も載せていない。
しかし時々記事が載るようになった。そんな事より絵を描けっていうね。

その後アキヒロ参加。今はいないけど。
普通に記事を書く。あまり突っ込みどころはない。


シャウ 十七歳

高校三年生
確か、私&アキヒロ&zenzi、やんせん(一人)、銀灰(一人)、バゲ(一人)、って感じのクラス分けだった。

バゲはクラス委員になっていた。

基本的に受験勉強。とりたてて書くことなし。

三年の最後にやんせん以外の浪人決定。
一人だけ現役で合格したやんせんが電脳汁に参加。


シャウ 十八歳

浪人であまり記事を書かなくなる。

やんせんは普通に書かない。

とりたてて書くこと無し。

終わりに、私、バゲ、銀灰の合格決定。zenziとアキヒロは二浪。

そしてアキヒロ脱退。

私は、地方に飛ぶ。


シャウ 十九歳

現在に至る。







こう書いて振り返ってみると、私が駄目人間になったきっかけは最初のほうに固まってますね。

あとは流れに流され…、今に至る。

なんという人生。



しかしまぁ…、

「モノゴトについて思う所」100回目おめでとう!
| モノゴトについて思う所 | 14:38 | comments(3) | trackbacks(0) |
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コメント
おめでとう!
ちなみに赤点は9個ね
青春ナツカシス 涙腺弛んだ
| やんせん | 2008/05/12 12:16 AM |
確かに泣けてくるね。
やんせんとは違う意味だろうけど。
| akihiro | 2008/05/15 7:07 PM |

紳助引退の真相はこちら
http://2xntf9r.ato.zetto.info/2xntf9r/
| AtoZ | 2011/08/27 6:39 AM |
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